川中紀行の
「日本でまだ誰も言っていないこと」5

「IT」の恥知らずな乱用  

情けないが、やっぱり、である。マスコミの「IT」乱用だ。皆さんはお気づきだろうか? いまNHKのニュースは「IT・情報通信技術」と言い、朝日新聞は「情報技術(IT)」と表記している。ちなみに日経・読売も同様で、なぜか毎日は「IT(情報技術)」である。しかも朝日は従来「IT(情報技術)」と表記していたのを、最近になって逆にしているのだ。これだけでも「IT」の記述における混乱ぶりが分かるが、NHKが採用している「情報通信技術」と「情報技術」との意味的な違いは大きい。「通信」とは言うまでもなくインターネットを中心としたネットワークを指すと言ってよい。そして、「IT」がこれほどまでに騒がれ出した背景にインターネットの急速な普及があったことは衆目の一致するところである。実際、コンピュータ用語事典の多くも、「IT」を「情報通信」に重点を置いて定義している。
一方、「情報技術」の中には、コンピュータ・システムにおけるハードやソフトの技術が当然含まれるが、従来この分野には主として「情報システム」という言葉が使われていた。私がもと勤めていたメーカーでは、20年も前からシステム開発部という部署があった程である。「情報通信(この中にはもちろんモバイルも含まれる)」を中心とした新たな現象の記述に「IT」を使うのに異論はないが、従来の概念と大差ない「情報技術」の内容にまで「IT」を使うのは、プロの書き手としてはあまりに言葉に鈍感ではないかと言いたいのである。「IT」の定義を曖昧にしたまま文章を進めるものだから、「IT」が出てくるのは見出しだけで、本文に入ると知らん顔で「情報化」などという言葉を使っている文章も数多い。昨今の「IT」絡みの文章は、ともかく見苦しい。
「IT」を混乱して用いている文例を見つけるのに苦労はしないが、テーマが従来の情報システムに類するものだと、余計に分からなくなる。例えば10月中旬、某経済専門紙にタイアップ広告として掲載された「ITが支えるモノと情報の物流新世紀」だ。某物流機器メーカーとのタイアップだから、内容は「(この記事で言うところの)IT」が正にいま物流の最大テーマになったかのように仕立てられている。その結び近くの文章は次の通りだ。 「ITを同業他社との差別化や競争力の源泉にするIT経営の実践がいま大きな注目を浴びている。在庫管理の効率化や荷量・配車・オーダー情報の最適運行など、いま求められている物流ニーズはITの活用なくしては解決できない。まさにこれからの物流はITを最大限活用し、情報とモノをいっしょに運んで、真のSCMを実現する戦略的ロジスティクスの構築が必要になる。」 物流機能が想像を超えてスピーディーに変貌しているのは事実である。その意味で、10年前の物流と現在を全く同じものだと言うつもりはない。しかし、物流のテーマは恐らく20年前も「情報技術≒情報システム」の構築であったはずなのだ。しかも、この記事は「IT」をあくまで「情報技術」の概念で使っているものだから、「いま」を繰り返すほどメッセージが陳腐になる。セールスマンの持つ情報端末の類を考えるなら、恐らくいま物流には大幅に「情報通信技術」が導入されているはずだが、この記事は物流機器メーカーとのタイアップなので「通信」までは踏み込むことができないのだ。ならば「IT」を使うべきではなかった。この記事は別に「IT」などという言葉を使用しなくても成立する。いや、使用するからこそ内容が混乱する。「情報通信技術」という最先端の物流テーマに言及することなく「情報技術」だけで物流の最先端を語ろうとするものだから矛盾が目立ちすぎて気持ちが悪い。
もう一つ、「IT」に関して気になる傾向がある。それは、ホームページ運営やイントラネット構築、インターネットによる顧客対応等、全企業に共通する課題である企業資産としての「情報通信技術」を、“ドット・コム企業”ともてはやされた「ニューエコノミー」と同一の意味で使って、いわばキワ物的な流行現象として記述する事例である。 これも某経済紙に10月中旬掲載された署名記事がある。題名は「IT革命の終えん」で、ここでの論旨は、ナスダックの低迷に見られるように、先行投資が超過し早くも岐路にさしかかっている多くの「ニューエコノミー」の例を挙げ、さらに「オールドエコノミー」の側でも“IT技術”(ママ)の重要性を取り込み、両者を隔てる障壁が消失したとする立場をとっている。「IT」に続けて技術とダブって書いてしまう言葉への鈍感さはともかく、この方は完全に前述の企業資産とニューエコノミーと言われる新業態とを混同して論じている。企業資産の面で考えれば「IT」は正に緒についたばかりである。特に日本の企業など、ハードはおろかそれを活かすソフト面の改革など全く進んでいない。「IT革命の終えん」などもってのほかである。もちろん、新業態の状況を見れば既に「革命」から次の段階へ進んでいるのかも知れないが、両者の区別はされておらず完全に誤解を招く言葉の選び方をしている。もちろんこの方は、経済の専門家中の専門家である。
最後に、日本アイ・ビー・エム会長の北城恪太郎氏が「IT革命は成功するか」と題された某紙の紙面企画(7月中旬)において述べられている次の言葉を紹介したい。 「情報技術は以前からありました。新しいのはインターネットです。だから本当は『インターネット革命』と呼ぶべきでしょう。」 私はこの記事を見た時、心底安堵した。理由はお分かりだろう。日本のマスコミ及び多くの識者たちは、こんな単純な矛盾に何も疑問を抱かないのである。目下、「IT」なる言葉の扱いに疑問を呈したのは、私が知る限り北城氏ただお一人である。
2000.10.26


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