川中紀行の
「日本でまだ誰も言っていないこと」7

市販「履歴書」の不思議  

面接をしていて、いつも不思議に思うことがある。市販されている最近の履歴書は、自らのプロフィールを記入するスペースが極めて貧弱なのだ。別に文具店を調査したわけではないが、あくまで面接を通して知った限りでタイプは3つに分かれる。内2タイプは、左側上段に「氏名」「生年月日」他の基本情報欄、その下に「学歴」「職歴」の欄があり、右側上段に「免許」「資格」、その下に「趣味」など自分のPRスペースがあり大枠は変わらない。ただ、1タイプのみPRスペースすら殆どないものがあり、何のための履歴書かと愕然とした覚えがある。いずれにしても、採用する側から見ると何とも不可解な点が数多く見られるのだ。
さて、最も標準的なタイプは、まず「氏名」「生年月日」「現住所」「連絡先」の欄が左側上段にあり、電話番号欄は住所の右側、写真貼付スペースの下にレイアウトされている。「学歴・職歴」の欄は18行。右側に移って「免許・資格」の欄は7行。その下に「その他特記すべき事項」のスペースが上下22mmとってある。PRスペースは「得意な学科」「スポーツ」「趣味」「健康状態」の4項目。その下に「志望の動機」(上下28.5mm)「本人希望記入欄」、さらに「通勤時間」「扶養家族」「配偶者(扶養義務)」の欄と続き、「保護者の氏名・住所・電話番号」欄の下に「採用者側の記入欄」が最下段に置かれる。 昨今の転職ブームにあっても、「学歴・職歴」の欄は18行で問題ないと思う。「免許・資格」の欄の7行だが、私はまだ全て埋め尽くした人間に出会ったことはない。しかし、資格取得ブームを考えればこの程度は確保すべきかもしれない。ただ、その下の「その他の特記すべき事項」は曖昧である。「免許・資格」と同枠でくくっているのだが、“特記すべき事項”はどんなジャンルでもよいはずだし、定義が不明確なスペースに22mmとは他の項目との比較からみて大きすぎる。定義が明確な他のスペースに振り分けるべきである。
自己PRスペースの中で、いつも理解に苦しむのが「得意な学科」だ。大卒ならむしろゼミの内容や専門を書かせるべきだし、細分化された学科を記入するより「得意な分野」とした方が自らの傾向を書きやすいのではないか。高卒の場合も同様である。中途入社の場合はどうだろう。30歳を過ぎて「得意な学科」もないだろう。しかし「得意な分野」なら社会人としてのキャリアも書くことができ、利用度が広がるはずである。次に来る「スポーツ」だが、スポーツを特別に項目として出す必要性はあるのか。もちろん、スポーツマン&ウーマンに一定の性格的・体力的なメリットがあるのは認めるが、それは書きたい者が「趣味」の欄で書けばよいのではないか。事実、選手として活躍した人間を除いて、この欄は「趣味」の中からスポーツのみを抜き出して書かれるのが一般的である。「趣味」の欄は特に当社のように採用基準に個性が重視される場合には貴重な情報である。かつて「車内漫才(電車内で友達と漫才をやる)」のが趣味の女性を採用したが、彼女はいま貴重な当社の戦力になっている。一般的な企業にとっても本人のパーソナリティを知るうえで役立つ情報であると思う。「健康状態」だが、そうと問われたら“良好”と書きたくなるのが人間であろう。私はこの欄を生かすのなら「現在患っている疾病」と正確に表記すべきであると思う。「(現在ある疾病を患っているが)日常生活では健康状態良好な人と大差ない生活を送っている」という論理も成り立つから「健康状態」という設定では“良好”となってしまう。逆に言えば「現在患っている疾病」を正直に書きながら「日常の業務には差し支えない」という表現もできる。プライバシーの問題もあり、当人の良心を信頼して私自身は「健康」の欄は必要ないという立場だ。
「志望の動機」に上下28.5mmを割いているが、もっと充実させてもいい。これこそ現在の転職市場で最も重視すべき点だからである。当社の場合「書く仕事も面白そう」とか「書く仕事でもやってみよう」などという気持ちが少しでも感じられたら絶対に採用はしない。「書く仕事しか考えてこなかった」と書けて初めて“採用のスタートライン”に立てるのである。
これ以下の欄は基本的な情報の類で特に注視すべき項目ではないので、考察を次のタイプに移すことにする。
2番目のタイプは、同様に「氏名」「生年月日」「現住所」「連絡先」の欄が左側上段にあるが、「電話など」という表現が曖昧で履歴書としての信頼度に欠ける。もし電話以外のアクセス方法を記入させたいのなら「電話・携帯電話・eメールアドレス」と明確に表記すべきところだろう。通信手段としての携帯やメールが一般的になりつつある現状では、「電話」のみの表示もそろそろ改善すべき時期に来ている。手元にないが、最近出された履歴書では携帯電話番号(イラスト表現)・eメールアドレスの記入欄を設けたタイプが既に存在する。
「学歴・職歴」欄の14行、「免許・資格」欄の6行は1番目のタイプと比較すると少ないが、まず問題ないだろう。その下に「その他の特記すべき事項」がないのは、むしろ当然であり好ましい。
PRスペースは「得意な科目・分野」「自覚している性格」「スポーツ・クラブ活動・文化活動などの体験から得たもの」「特技など」の4項目。最初に「得意な学科・分野」を持ってきたのは評価できる。実際に応募者でこの欄に“文章表現”と入れる者がいるなど「分野」という項目を設けたことが活用範囲の広がりにつながっている。次に来るのは「自覚している性格」。このような主観的な欄は私は不要だと思う。マイナス面を書くはずもなく、面接官が実際に会って話し見極めるべき点であろう。「スポーツ・クラブ活動・文化活動などの体験から得たもの」は、活用範囲への配慮が見られる。「文化活動」を設けたことでスポーツ系(=体育会系)の人間と文化系の人間との双方に書く機会を与えているのがいい。次に、このタイプはPRスペースの最後に「特技など」を設けているのだが、この「など」が曖昧である上、「特技」という言葉自体に私は疑問を感じる。「免許・資格」とかなり重複するし、例えばスポーツで特別な成績を収めた場合なども、「スポーツ・クラブ活動・文化活動などの体験から得たもの」と重複してしまう。「水を鼻から飲んで耳から出せる」と書かれても、そういう情報は通常の面接では必要ない。よく「人とすぐにうち解けられる」などと“人材”としてのメリットを書く者がいるが、これも私は面接官が実際に会って話し見極めるべき点であると思うし、目に見えないこの種の主観的な「特技」も私は履歴書を通して知りたいとは思わない。 「志望の動機」のサイズ上下35mmは評価できる。全体に余裕をもったこのタイプのレイアウト特性がそのまま生きている。それ以下は「採用者側の記入欄」がない点以外は特記すべきことはない。
3番目のタイプは、「氏名」「生年月日」「現住所」「連絡先」の欄は標準的なタイプと同様。ただ、「電話」の欄が点線で区切られていないためやや書き辛い。
何よりこのタイプの特色は「学歴・職歴」の欄を右ページにまで渡って実に計22行取っている点。「免許・資格」の欄は6行で普通であるが、「学歴・職歴」で22行はいくら何でも多すぎる。その影響で自己のPRスペースに割くスペースがなく「志望の動機、特技、好きな学科など」と一つの欄に押し込めた上に、上下28mmしか設定していない点は明らかなる欠陥である。右横に通勤時間・扶養家族・配偶者・扶養義務を入れているので左右も105mmと狭い。“自己アピールすべき情報が見当たらない人用”の履歴書とでも考えたのだろうか。
さて、この3番目のタイプは、ここまで自己PRのスペースを犠牲にしながら「本人希望欄(特に給料・職種・勤務時間・勤務地・その他についての希望)」を上下50mm確保している点も不可解である。
この欄の活用度からみて何とも無意味に広いスペースである。当社の場合で言えば、入社希望日あるいは職種として使われる程度の利用度しかない。一般的に言っても、自己PRのスペースをここまで犠牲にしてまで重視する項目ではないだろう。
さて、以上がこれまでの面接を通して収集した3タイプの市販履歴書である。実は、この他に某短期大学が作成している履歴書を持参してきた応募者がいた。 左ページは市販の履歴書と変わらない(電話の欄に「   方呼出」と書かれているのは細かな配慮)のだが、右ページに順に「自己の研究テーマ(上下42mm)」「得意学科(上下38mm)」「免許・資格(上下29mm)」「特技・趣味(上下29mm)」「自己PR(上下69mm)」と、たっぷりPRスペースを取ってあるのは、市販の各履歴書を遙かに凌ぐ長所である。市販の履歴書よりもPRスペースを充実させながら、特に最後に「自己PR」という欄を上下69mmも取ってある点が「履歴書」とは何たるかを知った書式であると思う。
これまで述べてきた市販の履歴書にあった「その他特記すべき事項」「特技」「健康」「自覚している性格」などという曖昧な欄は、この「自己PR」という欄さえ設ければ全て不要になる。「(履歴書の欄の)どこにも当てはまらないが、どうしてもPRしたい情報」こそ採用する側は知りたいと思うし、そのために「自己PR」という幅広い概念は効果的であると思う。
もちろんこの某短期大学の履歴書がベストとは言わない。ただ、“応募する者が、自らのプロフィールと個性、さまざまな長所を採用する側へ端的に伝える”を履歴書の機能とするなら、市販の履歴書との優劣は明確だ。
独立する前、一コピーライターとして各社の採用に臨んでいた頃の私は、市販の履歴書を買わずに“自作の履歴書”を作成していた。コピーライターとして27歳という遅い年齢でスタートし、メジャーなクライアントの目立った作品にも恵まれなかった私は、この“自作の履歴書”の中で、実際にクライアントと接し、自らが認められた際の実話をいくつも書き込んだ。そして個人情報としては、趣味はもちろん好きな女優から好きな花、色、時間、季節に至るまでありとあらゆる「自分が好きな」情報なども盛り込んだ。あからさまに自らの性格の長所を書き込むより遙かに「自分とはこうした人間」というメッセージを送ることができ、単なる会社名や勤務年数では分からないキャリアを、私はこの“自作の履歴書”を通して少しはアピールすることができたと思っている。
いかに個性的にするかについては議論が分かれるであろうが、現在市販されている履歴書は、限られたスペースで応募者の情報をいかに伝えるかについて、配慮しているとは言い難い。
2001.9.13

※本稿は、今回の応募者が提出したものから返却前の履歴書を参考にまとめた。
●交通事故負傷者数の増加にみる危険な現代社会
●市販履歴書の不思議
●NHKと民放の駅伝中継の格差。
●「IT」の恥知らずな乱用」
「カタチの乱用2」 
「マスコミのバランス感覚の欠如」
●「カタチの乱用 1」
「立ち上げるの乱用」 
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