「信頼している
人には
全てまかせる
。」
本日第一回プレゼンの仕事。スポンサーに行く前にFAXを送りますと申し上げると、代理店のCDの方がこう言ってくださった。結局FAXは送ったのだが、ここまで言われると少しでもいいコピーを出そうと頑張る。私は“乗せられた”わけだが、この心理術は重要だ。
●No.326/02.2.27
「プロセスを
楽しむ。」
本日発売のフラウに12大従星による占星術(中森じゅあん)。私の“天堂星”を見ると「はずせないプロセスというのもあります。プロセスを楽しめば何事もスムーズに」とある。馬鹿にしがちな占いだけど、当たり外れはともかく、言葉に刺激されることはたまにある。
●No.325/02.2.26
「いまの
若い人は
苦労の時間を
なるべく短く
しようとする
。」
今朝のラジオ深夜便は自らを撮影者と呼ぶ木村大作氏。この言葉は、撮影助手を15年半務めた氏の実感。カメラマンの厳しい師弟関係は広告の世界も有名だが、それに引き換え巷の10代はあっけらかんと「社長になる!」と宣う。その実、行く道を探せないのが深刻だ。
●No.324/02.2.25
「華麗にして
美しく。
激烈にして、
火花散る。」
本日の横浜国際女子駅伝の実況。「にして」は違う性格の二語を結ぶ言葉だが、「華麗」と「美しく」、「激烈に」と「火花散る」は意味的に似る。単純に言い変えれば「華麗にして火花散り、激烈にして美しい。」そもそも「火花散る」が下手なのだがそれ以前の誤りだ。
●No.323/02.2.24
「楽しんで。」
本欄(01.9.9)で指摘したスポーツ選手の“楽しみ”発言をやっと批判してくれた人がいた。日本経済新聞本日朝刊の豊田泰光氏である。「結果が伴わないのにあまり楽しまれても困る。」その通り! オリンピックにも税金は使われている。これは狭い料簡ではない。
●No.322/02.2.21
「他人と共有
できない
ような
ものを
出して、
それが共有
できた
とき。」
朝日新聞本日夕刊に掲載された立川談志師による芸術の定義。慧眼であると思う。私は現代詩(の大半)を認めないが、百万語を費やしても伝わらない時もある言葉なるものを、自由気ままに書きなぐって何が伝わるというのか?
言葉の構造は、極めて論理的で緻密である。
●No.321/02.2.19
「俺、
あいつとは
口きかない
。」
本日、田園都市線渋谷駅と中央林間行きの電車内で違うサラリーマンの同じこの台詞を聞いた。私は建設的でない社内批判と自己満足の言を電車内で聞くのが大嫌いだ。しかもこんな小学生じみた非生産的なことをやっていては、本当に日本企業は生き残れなくなると思う。
●No.320/02.2.18
「中国四千年の
歴史。」
ソルトレーク五輪本日放送のショートトラック女子500mで中国に冬季五輪初の金メダルがもたらされた時「中国四千年の歴史で初めて」と実況。唖然。お笑いネタとしてよく耳にする表現だが、もちろん実況で相応しい言葉ではない。なんかアナウンサーってズレてる。
●No.319/02.2.17
「魚上氷。」
本日の日本経済新聞で今日が七十二候の「うおひにのぼる」と紹介。寒気が緩み溶けた氷の割れ目から魚が躍り出して氷の上に乗る意らしい。七十二候とは二十四節気を各々三つに分けたものだが、現代人で感知することは不可能だろう。この頃、季節を感じていないなぁ。
●No.318/02.2.14
「骨太。」
本日の朝日新聞夕刊は外務省改革方針の“骨太”なる言葉に疑問を呈した。「機密費やプール金に言及のない」のは論外だが、そもそも一応は具体策に及んだ今回の方針に“骨太”なる表現は不適切である。未だ具体策の出ない“骨太の方針”を出した小泉の浅知恵だろう。
●No.317/02.2.13
「卒業ぶり。」
本日訪れた某有名企業のエレベーター内でのOLの言葉。同窓会の話題で「久しぶり」という言葉が飛び交った後で一人が言い放った。「卒業以来」という日本語も使えないのだろうか。誤った表現を聞くにつけ意志疎通という言語の基本機能すら喪失しかねぬ恐怖を抱く。
●No.316/02.2.12
「心が
削られる。」
本日の心を閉ざした子達の逆襲は、歌手・香奈を愛する少年・少女たちのドキュメンタリー。殆どがいじめを経験し正常なコミュニケーションがとれない。この言葉を呟く香奈もまた同類。そして私でさえその感覚は分かる。必死に出口を探す10代の姿に何故か共感した。
●No.315/02.2.11
「ジャグ
ジー。」
Jacuzzi。発音記号をそのまま発音すれば「ジャクージ」だが、日本の販促ツールでは殆どこう記載している。先日、某ホテルの中吊り広告で「ジャクジー」なる表現があった。正確に記載したのは数ヶ月前の雑誌「クレア」の旅特集のみ。いいのなかなぁ、これで。
●No.314/02.2.6
「真紀子
新党。」
なる言葉が全週刊誌で躍っている。結局は仕事ができない大臣であった田中氏を手放しで持ち上げるのは部数稼ぎ以外の何物でもない。昨日発売のサンデー毎日で岩見隆夫氏も指摘したように新聞の論調も同様。功績もあったが懺悔すべき点の方が明らかに多いはずなのに。
●No.313/02.2.5
「父は
すごく
いい男 」
朝日新聞本日朝刊で山本文緒氏は「プロジェクトXを地で行く」父をこう表した。「猛烈に忙しかった」仕事を休み祖母の介護をした父のエピソードを交え、恐らくは平凡であったろう男に「いい男」とさりげなく。氏の小説に似て淡々と。しかしなかなかこうは言えない。
●No.312/02.2.4
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